2015年12月13日日曜日

伝説の人気番組『料理の鉄人』:世界に本当にクールジャパンを広めた文化大使

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●料理の鉄人 オープニング


●ICC Exclusive - Iron Chef Millennium Cup

 この番組の影響は大きい。
 「すし」とか「てんぷら」とかクルールジャパンのコンテンツで政府がいろいろ日本食の文化輸出をやっていたが、いまいち糠に釘だった。
 だが、それを劇的に変えてしまったものがある。
 それがテレビ放送の『料理の鉄人』。
 英語版では「アイアンシェフ」。
 通常、西欧では厨房を見せない。
 よって、料理のやり方をシロウトは知らない。
 ヨーロッパ料理はプロなら美味しい。
 しかし家庭料理はマズイ。
 なぜなら料理の仕方を知らないから。
 結果として出てきたのは「フィッシュ&チップス」。
 そしてマクドナルド。
 料理を大きく変えたのは、料理のやり方を見せるというこの「アイアンシェフ」の視点。
 繰り返し繰り返し再放送されて、西欧料理の概念を大きく変えるきっかけになった。
 言い換えると
 『あなたにも、料理が出来ます』
というメッセージである。
 日本食だけでなく、フランス料理、中華料理、そして終わりの頃にはイタリア料理まで加わり、日本食に興味のない人でもテレビ視聴者になっていった。
 それが逆に日本食を後押しする結果を生んだ。


現代ビジネス 2015年12月13日(日) 週刊現代
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46766

その勝敗は国民的関心事となった!
いまこそ、伝説の人気番組『料理の鉄人』を語ろう
道場六三郎×坂井宏行×陳建一


みちば・ろくさぶろう/'31年石川県生まれ。初代「和の鉄人」としてレギュラー出演。東京・銀座にある「銀座ろくさん亭」、「懐食みちば」のオーナーを務める
さかい・ひろゆき/'42年鹿児島県生まれ。2代目フレンチの鉄人として活躍する。通称「ムッシュ」。東京・南青山にある「ラ・ロシェル」のオーナーシェフ
ちん・けんいち/'56年東京生まれ。中華の鉄人。四川料理の第一人者である陳建民の長男。四川飯店グループのオーナーで日本中国料理協会会長を務める


 「私の記憶が確かならば……」—
 主宰・鹿賀丈史の謳い文句で始まる伝説の料理番組。
 超一流シェフたちの真剣勝負に誰もが注目した。
 あの「鉄人」が今蘇る。

■出演するリスクは大きかった

坂井:
 『料理の鉄人』は、1993年に放送開始だから、もう22年も前になるんですね。

道場:
 懐かしいなぁ。二人とも変わらないね。

陳:
 道場のオヤジさんこそ、もうすぐ85歳なのに元気すぎますよ。
 まさに鉄人だね(笑)。
 でも正直、『鉄人』が始まった時は、あんな人気番組になるとは思わなかったな。

坂井:
 最高視聴率は23%。
 料理番組といえばNHKの『きょうの料理』みたいな主婦向けのものしかなかった時代に、料理で対決して勝敗をつけようという発想がまず画期的でした。

道場:
 毎回、挑戦者が鉄人の一人を指名して勝負を挑む。
 プロの料理人としてお互いの店の看板と、己の腕を懸けて戦う「真剣勝負」こそが、あの番組の売りだった。
 漫画『美味しんぼ』の世界をテレビで実現したわけだ。

陳:
 実は、僕は最初、番組出演を断っていたんです。
 お店の評判に関わることだから、負けた時のリスクが大きすぎると思っていた。
 そしたら、今年の9月に亡くなられた岸朝子さんに「あなたバカね」と怒られた。
 「いろいろな料理人と交流できる絶好の機会だから、ぜひ、やりなさい」
と言われて出演を決めたんです。

道場:
  僕の場合、「出演は半年間」と言われたので、それくらいならいいかと思ってオファーを受けた。

坂井:
 僕も道場さん同様、半年だけという約束で、しぶしぶ出演を決めました。
 ところが、約束の半年が過ぎても「あと半年だけお願いします」となって、その繰り返し。
 結局、5年半も続いた。

道場:
 正直、後任もなかなか見つからなかったからな。
 「鉄人」って響きはいいけど、負けたら何言われるか分からないし、勝って当たり前というプレッシャーは相当きつかった
 。しかも番組側は鉄人が負けることを期待しているわけだから鉄人をやりたがる料理人はいないよ。

■食材費は1回100万円!

陳:
 でもあのキッチンスタジアムのセットを見た時は、制作陣の番組に懸ける情熱を感じましたね。

坂井:
 本格的な火力のガスや水道を、特別仕様でスタジオまで引いてね。
 立派なキッチンでしたよ。

道場:
 '93年といえば前年にバブルが崩壊して、世間は不景気ムード。
 そんなご時世に、セット費用だけで4000万円近くかけたらしいからね。
 でもそうじゃないと、こっちも最高の料理なんてできないから。

陳:
 食材も豪華でしたよ。
 大間のマグロがまるごと1匹ドカンと置かれていたり、フォアグラとかキャビアも使い放題。
 1回の放送でかかる食材費は100万円で、
 なんと番組終了までの総食材費は約8億4000万円! 
 最高の料理対決を実現するために、番組が惜しまずカネを使ってくれたことはありがたかった。

坂井:
 高級な食材を原価に関係なくいくらでも使えるというのは、普段の店では絶対あり得ないから、料理人としては夢のようだった。
 一度、トリュフが大量に余った時なんか、陳さんはポケットに入れて持ち帰ってたよね(笑)。

陳:
 トリュフに限らず、余った食材はよくポケットに入れてました。
 中華では使わない食材が多かったから、店に持ち帰っていろいろ研究させてもらいましたよ。

道場:
 バラエティ番組なのに、ルールはものすごく厳格で、
 キッチンスタジアムに持ち込めるのは自分の包丁と1種類のスープだけ。

坂井:
 確か、最初は包丁も持ち込めなかったはず。

道場:
 具材の仕込みも禁止なんだから料理人としては、とんでもなく厳しい条件の中で戦わなければならなかった。

陳:
 対決の時は助手が2人つくんだけど、自分の店の若い衆は使えないルールでした。
 だからあれは番組が用意した料理アカデミーの人たち。

道場:
 中にはドジな助手がいてね。
 「お前は敵の回しもんか!」って怒鳴ったこともあったなあ。

坂井:
 僕はフランス料理なのに、助手から「僕、中華料理が専門なんですけど……」と言われて、マジかよ、って(笑)。

道場:
 あと対決のテーマとなる食材は番組が始まるまで絶対に教えてもらえない。
 トップシークレットだった。

料理の鉄人/1993〜1999年、フジテレビで放送された料理対決をテーマにしたバラエティ番組。
毎回「鉄人」と呼ばれるシェフたちと「挑戦者」が、キッチンスタジアム内の器具や食材を使い調理した料理を審査員が試食し、どちらが美味いか判定を下す

陳:
 でも食材が分からないから、しばらくすると挑戦者がいなくなってしまったんですよね。

坂井:
 まあ食材は、料理の根幹に関わる部分だから、挑戦者が尻込みするのも分からなくはない。
 誰しも得意、不得意な食材があるしね。

道場:
 そうそう。
 そこで番組側が5つの食材を挙げてその内のどれか、というヒントが出るようになった。
 僕らはその中から予想するわけ。
 今の旬となると、きっとこの食材だな、とかね。
 でもヤマが外れることもある。
 僕は一度「卵」対決で外したことがある。
 過去に一度出たことのある食材だから、もう出ないもんだと勝手に思い込んでいたんだ。

坂井:
 番組サイドが、僕らにわざと間違ったヒントを出すこともあった。
 解説の服部幸應先生から「ムッシュ、そろそろハロウィーンだから」と言われて、「絶対にカボチャが出てくるぞ」と思っていたら、出てきたのは「食パン」。
 番組としては鉄人が慌てふためいたほうが面白い「絵」になることを計算してたんです。

道場:
 陳さんは番組のフードコーディネーターから、どんな食材を買ったか聞き出してたんじゃないの?

陳:
 そんなことないですって。
 ただ、築地の友達から急に電話があって、「フジテレビから鯛の注文があった」と一言だけ言って切れたりしたことはありましたけど(笑)。

道場:
 調理時間は1時間厳守で、編集は一切なし。
 だから、本番中は時間との闘いだった。

陳:
 撮り直しはできないから、鹿賀丈史さんの「アレ・キュイジーヌ」(フランス語で「料理始め!」の意味)を聞いた時点からもう超集中ですよ。
 パニックになった時点で負け。
 挑戦者を飲み込むくらいの気迫じゃないと、こっちがやられる。
 ヤラセなしのガチンコ勝負でしたから。

■審査員を怒鳴りつけたことも

坂井:
 調理中のトラブルはしょっちゅうでしたね。
 火傷なんか当たり前。
 焼きリンゴを作ろうと圧力鍋に入れたら、あっと言う間に溶けてしまい、やむなくミキサーでジュースにしたこともありました。
 そしたら、すごくおいしく出来た。

道場:
 僕は生きたイカに手を噛まれて、血がバーッと吹き出してね。
 あれには参ったな。
 炊飯器のスイッチを入れ忘れていて、ご飯が炊けていないこともあった。
 残り10分しかなかったので、慌てて高圧釜で炊き直して何とか間に合わせたよ。

陳:
 僕も同じような経験があって、炊き込みご飯にまったく火が通ってなかったときは心底、焦ったなぁ。
 瞬時にリゾットにすることを思いついて、切り抜けました。

道場:
 料理にトラブルはつきもの。
 不測の事態が起こった時に発想をパッと切り替える「臨機応変さ」が大事だね。
 機転の利かない料理人は勝てないってことだ。

坂井:
 視聴者には福井(謙二)アナウンサーの実況放送が好評だったけど、こちらは集中しているから、何も耳に入ってこなかった。

陳:
 僕なんか最初の頃は、「うるせえなあ、こっちはそれどころじゃねーんだよ」と思ってましたね。

道場:
 採点法は、味が10点。
 独創性が5点、見た目の美しさが5点で計20点満点。
 ようは食べてうまいものを作らなきゃいかんのよ。

坂井:
 しかも審査員はまず挑戦者の料理から試食するから、鉄人のほうが不利だった。
 そこで、どう温め直すかを考えたり、最初から冷めても食べられるものを想定したりと苦労しましたよ。

陳:
 僕は審査員の好みによって味を変えてました。
 タレなんかでも、辛いのが苦手な人には辛さを抑えるように調整してた。
 審査員に女性がいたら、量を減らし、食べやすいように必ず包丁目を入れて、サイズも一口大にしていた。
 視聴者には分からなかったでしょうけど、細かいところまで気を遣っていた。

坂井:
 女性審査員で思い出したけど、一度、試食で女優の髙田万由子さんが道場さんの料理について「梅干しが効いてない」と評価して、揉めたことがありましたよね。

道場:
 あの時は、思わずカッとして
 「それなら梅干し食ってればいいじゃねぇか。
 小娘に何が分かるんだ」
って言っちゃってね(笑)。

陳:
 僕と坂井さんは裏で
 「ヤバいよ。道場さん怒ってるよ」
って。

道場:
 でもね、
 それくらいこっちも真剣にやっているわけなんだよね。
 負けるとしても納得して終わりたかったから、審査員も味が分かる人に食べてほしかった。

 挑戦者も皆、強敵揃いだったしね。
 周兄弟(富徳、富輝)、神田川俊郎とか。
 梅宮辰夫ら芸能人も挑戦してきた。

陳:
 僕には絶対に負けられなかった対戦があって、それが島田紳助との大正海老対決でした。
 彼は「芸能界一、包丁さばきのうまい男」として挑戦してきたんだけど、あの時は気合が入ったな。
 プロがアマに負けるわけにはいかないからね。
 もちろん僕の圧勝でしたけど。

坂井:
 僕が思い出に残っているのは、やっぱり最終回にやった陳さんとの対決だな。

道場:
 鉄人同士が対決したのは放送開始からこの1回だけ。

坂井:
 テーマはオマール海老。
 フレンチでよく使われる食材なんだけど、僕はそれまで3回オマールで対戦して全部負けていたから苦手意識があった。
 だから開き直って、「オマールの海藻蒸し」という、あえてシンプルな料理を作ったんです。

陳:
 僕も絶対に負けたくなかったから、持てる技術を全部出し切りました。
 『鉄人』の集大成として作ったのが「21世紀エビチリグラタン」でした。

道場:
 結果的には僅差で坂井さんが勝ったけど、最後は二人で抱き合って大泣きしているのを見ると、見ているこっちも万感の思いがあったね。

陳:
 僕は泣くつもりはなかったんだけど、坂井さんが泣くもんだから、ついもらい泣きしちゃって。

坂井:
 今日で5年半の戦いから解放されると思ったら、自然に涙が流れてきたんだよ。
 料理人をやっていて、あれだけの感動を味わったことは、後にも先にもない。

 『鉄人』は'12年に『アイアンシェフ』としてリバイバルしたけど、こちらはあまり盛り上がらなかった。やっぱり二番煎じは通じませんでしたね。

陳:
 時間帯も良くなかった。
 『鉄人』は午後11時からだったのに対して、『アイアンシェフ』はゴールデンタイムでしたからね。
 料理人は見られないし、視聴者も夕食時に料理対決を見せられても困るでしょ。

 あと鉄人と挑戦者の人物像にばかりスポットを当てて、ストーリーを作りすぎていた。
 主役はあくまで料理じゃないと。

道場:
 『鉄人』は、エンタメとしてショーアップはされていたけど、料理人の「本気」と「本気」がぶつかり合っていたからね。
 だから視聴者の心を掴んだのだろう。







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